伝統建築

安土城の復元

安土城天主:静嘉堂文庫「天守指図」と内藤昌復元案

静嘉堂文庫からこの巻物を内藤先生が発見した時、1969年の先生の驚きを感じてください。私はこの巻物をカラー写真で見ていますが、それはもう、大工の家に代々伝わる宝物の様相です。八角平面の「天守」とあれば、直感で安土城天主なのですが、ここから、...
安土城の復元

安土城の石垣  天守台東西面だけに「反り」がある。なぜか。

「安土城の復元」の中の一部をここにアップします。巨大な木造建築を作る「架構の工夫」と「信長が3階に住む」事が、前代未聞の「吹き抜け」を作ったという論から、「大工の願う天守台を穴太衆が作れなかった」事が驚愕の天主の造形となったと、ここに抜き書...
日本の古建築

古建築リスト:平安時代末まで59棟。 西岡常一「桧は1000年もつ」の為に。

「木造だから1000年持つ、コンクリートは100年しかもたない。」と名古屋城木造天守を復元したい皆さんは、西岡棟梁のお話「樹齢千年の桧の寿命は千年」法隆寺を支えた木、1978年NHK出版を捻じ曲げて使います。わざと間違えて吹き込む河村市長が...
お城の石垣

お城の石垣

犬山城、名古屋城と、城を順に書いて来ましたが、その都度、石垣について必ず触れています。重複が多くなるのは、名古屋城木造天守復元での名古屋市石垣部会のお話が「石垣の基礎知識」がないとわからないので、それを補おうとした事と、小牧市が「信長の小牧...
城下町

田原 城下町 1万石 with吉田 7万石

名工大建築学科 昭和49年度学士論文より渥美半島は田原市であること皆さん知っていましょうか。そして、江戸時代に田原藩が渥美半島にあったことなど知らないでしょうね。私も名工大内藤研究室に入ってから、豊橋市はかって吉田藩であり、城下町であったこ...
城下町

西尾 城下町 2万石⇒大給松平氏 6万石  with 岡崎 5万石

三河国29万石は徳川家の故地として、譜代大名が分割統治していました。矢作川沿いに拳母城(豊田市)2万石、岡崎城5万石と、河口に西尾城6万石がおかれ、豊川河口には吉田城(豊橋市)7万石、あと、尾張との国境の境川河口に刈谷城2万石、渥美郡に田原...
安土城の復元

Interior design of Japan (2)輝度で設計する。 2012/12/01

光がなければ空間はない。インテリアを設計するには、その姿を意図どおり形作ろうとするには、なにより光を与えなくてはならない。光は空間で散り、モノと壁、床、天井の間で反射を繰り返す。 一方向からの光に対して、モノの光のあたらないところを陰Sha...
日本の古建築

日本の古建築 Japanese architectural history

2016年台北で木造建築をみて、戻ってから「台北の霊廟建築に日本の古建築を知る。」を書いたのですが、結果として、第3章日本の建築様式 とタイトルし「日本建築史概説」を書くことになりました。半世紀前から、私は学徒として、いろんな方の「日本建築...
お城

他の お城 other castles

高知城、松山城、岡山城、姫路城、清州城多くの城、城跡を私は訪ねていつのですが、どうも、記録が残っていなくて。一度、10年前に車で四国から中国を回ったのが残してありましたのでFACEBOOKから転載しておきます。高知城 2013年9月記Cas...
お城

江戸城天守は、高く、輝いていた。

一期:慶長12(1607)年竣工~1624年 17年間 本丸を拡大し天守は北へ。二期:元和 9(1623)年竣工~1638年 15年間 二の丸を拡張。三期:寛永15(1638)年竣工~1657年明暦の大火以後ナシ 都市大改造へ。●2020年...